行為そのものより、隠しごとのほうが重要な理由
オープンに行われ、パートナーにも何の気なしに話せる思わせぶりな一言と、同じ一言を隠していることとでは、重みが違います。行動そのものよりも、隠すことのほうが、たいてい本当のサインです。
境界線の引き方がカップルごとに違うのは、ごく自然なこと
何が境界線を越えるかは、カップルや合意によって異なります。問題は線が違うことではなく、片方が、相手が同意しておらず、知らない自分だけの定義で動いていることです。
見逃しやすい、感情の「とっておき」タイプ
いちばんいい話や愚痴、わくわくした気持ちを、関係の外にいる誰かのためにとっておくこと。身体的な要素がまったくなくても、思わせぶりなやりとりと同じように親密さをむしばむことがあります。感情的な思い入れの行き先が、そこにあるからです。
本当の意味で解決するもの
お互いが何を境界線と考えているかを、当たり前だとか誰にでも共通だと思い込まずに、率直に話し合うこと。マイクロチーティングが生まれやすい、言葉にされていない期待の隙間が、それで埋まります。
関係の外の人との友好的なやりとりをすべて疑わしく見ましょう、という話ではありません。注目したいのは、隠しごとと感情の向け先の変化。そこに、実際の気がかりがあることが多いからです。
パターンを大まかに理解することは助けになります。そして、パートナーに見せたら気まずいと感じるものをひとつ挙げて、そこに名前をつけることが、より難しく、より役に立つ作業です。 OLENRIで、そのことに名前をつける