不安は結果ではなく、意味についてのもの
もし不安が本当に結果についてのものなら、実際の重みに比例して大きくなるはずです。けれど、ごく小さな決断でも、大きな決断と同じだけの怖さが生まれることがよくあります。それは、不安が選択の本当の結果よりも、間違えたら自分がどう見えるか、つまり注意が足りない、賢くない、物事を正しく選べない人だということに結びついているサインです。
後悔は、間違った選択をした証拠ではない
あとから後悔すると、それは違う選択をすべきだった証拠だと思いがちです。けれど多くの場合、それは決めた時点では知りえなかったことを、あとで学んだというだけのことです。今になって手にした情報で過去の決断を裁くのは、そのとき手元にあったものだけで選ばなければならなかった当時の自分に対して、公平ではありません。そして、今目の前にある決断に対しても、役に立つ基準ではないのです。
同じ選択をした友人に、なんと声をかけるか
不安が釣り合っているかどうか確かめる確かな方法があります。友人がまったく同じ決断を、まったく同じ不確かさのなかで話していると想像して、自分ならなんと言うかを考えてみることです。多くの人は、不確かさのなかで選んだ友人の理にかなった選択には、自分自身のものよりずっとやさしくなれます。つまり、自分に課している基準は、決断についてのものではなく、自分についてのものだということです。
不安が消えてからではなく、不安があっても決める
決める前に不安が消えるのを待っていると、たいていいつまでも待つことになります。不安は決断のむずかしさに反応しているのではなく、不確かさそのものに反応しているからで、どれだけ考えても不確かさはなくならないのです。うまく決めるのに、怖くない状態である必要はありません。不安を抱えたまま、今わかっていることをもとに決めればよいのです。
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