心の中の批判者が、必要でないのに必要に感じられる理由
それはもともと、誰かからの批判に先回りするための方法として始まったことが多いものです。先に自分で言ってしまえば、傷つき方が小さくなる、というわけです。大人になった今も、もとの脅威がなくなったあとまでその習慣が続いてしまうのは、心がその対処法をそのまま持ち続けていて、まだ必要かどうか確かめていないからです。
責任を持つことと、厳しすぎることの違い
責任を持つとは、何が起きたのか、次はどうするかを言葉にすることです。厳しさは、そこに「それは自分という人間について何を意味するのか」という裁きが加わります。前者は次の一歩を生み、後者は主に恥の気持ちを生みますが、それが、より良い行動につながるとは限りません。
自分に厳しくしても、実際には成果が上がらない理由
セルフ・コンパッション(自分への思いやり)と成果に関する研究では、厳しい自己批判が、公平で正確な内なる声よりも成果を上げることはない、という結果が一貫して示されています。同じ結果の上に、苦しさが上乗せされるだけで、より良い結果にはならないのです。
もっとやさしい声ではなく、もっと役に立つ内なる声へ
目指すのは、中身のない励ましに切り替えることではありません。本当に力になりたい相手に話しかけるように、自分に話しかけることです。具体的で、正直で、そこに余計な軽蔑を加えない声です。
自己批判がいつも続いている、実際に起きたことに比べて大きすぎる、あるいは自分は根本的に十分ではないという感覚を伴うようであれば、セラピストと一緒に向き合ってみる価値があります。それは身についた思考のパターンであって、あなたについての変えられない真実ではないかもしれません。
自分の内なる声が正確なのか、ただ厳しいだけなのか分からなくなったときは、OLENRIが、自分がどちらの声に耳を傾けているのかを整理するお手伝いをします。 仕組みを見る →