自己価値

事実はそうではないのに「自分は失敗作」と感じてしまうとき

「失敗した気がする」ことと、実際に失敗していることは別のもの。そして、その気持ちは思っている以上に当てにならない判定者です。

「失敗している気がする」という感覚は、実際にあなたが何をしてきたかよりも、どんな物差しで測っているかを映していることが多いものです。昔の年齢のめやす、誰かの歩んだ道、自分では納得していない「十分」の基準などです。そして、その感覚自体は、実績を判定するのが得意ではありません。

気持ちと現実は、別のものであることが多い

失敗したという感覚は、人生を客観的に見直して生まれるのではなく、比較から生まれます。だから、本当に順調な時期に、ある比較がふと浮かんだときにこそ、強く襲ってくることがあるのです。

その物差しは、どこから来ているのか

「満たせていない」と感じている基準の多くは、もともとあなたのものではありません。家族の期待、周りとの比較、「30歳までには」といった人生の段階のシナリオから来ています。自分で選んだのではなく、いつの間にか身についたものです。

一つの失敗は、人生の失敗ではない

心は、一度のつまずきを、人生全体への判決のように広げて考えがちです。失業、恋愛の終わり、逃したマイルストーンなどです。でも、それは事実が裏づけている以上に、ずっと大きな主張です。

気持ちが本当に変わるきっかけ

自分が満たせていないと感じている基準に名前をつけ、それが本当に自分のものなのかを正直に問い直すこと。気持ちを直接なだめようとするより、そのほうが効果的なことが多いものです。

その気持ちがずっと続く、絶望感を伴う、日常生活の機能に影響しているという場合は、ぜひセラピストに直接相談してみてください。自己批判の形をしたうつ状態であるかもしれません。

本当に遅れているのか、ただ間違ったものと比べているだけなのか、わからないときは、OLENRIが正直に見つめるお手伝いをします。 仕組みを見る →