相手が「手に入る人」だと物足りなく感じるのはなぜ?
誠実に向き合ってくれる人が相手だと、追いかけるスリルも、先の読めなさも、振り向かせるという目標もなくなります。不安のなかで追い求めるものがないぶん、平坦で退屈に感じられてしまうことがあるのです。
叶わない目標のなかにある安心感
手の届かない人を求めていれば、関係はずっと「もしも」のままでいられます。それは、本当に見てもらい、選んでもらったうえで、それでも「足りない」と思われるかもしれない、というもっと怖い可能性から守ってくれるのです。
特定の関係にさかのぼることも
親や初期の恋愛など、気まぐれな関心を得ようと懸命に頑張った経験があると、「愛は努力して勝ち取るもの」であって「ただ差し出されるもの」ではない、という思い込みが根づくことがあります。
追いかける流れを止めるきっかけ
惹かれる気持ちが急に高まる瞬間、たいていは相手が少し遠ざかったときに気づいてみましょう。そして、その高まりを「この人は特別に追う価値がある」という証拠ではなく、自分のパターンを知る手がかりとして受け取ります。
このパターンは、意志の力だけよりも、気づきと練習によってゆるんでいくものです。手の届く人を無理に好きになろうとするより、まずは「引き寄せられている」と気づき、すぐには動かずにいることのほうが、現実的な第一歩になります。
全体のパターンを知ることは助けになります。ただ、いちばん見てみたいのは、最近追いかけた相手に気持ちが高まった瞬間のこと。その直前に何があったのかを言葉にしてみることです。難しいですが、きっと意味のある作業になります。 その瞬間を、OLENRIで言葉にする