役に立っていないのに、役に立っているように感じる理由
考えすぎは、何か役に立つことをしている感覚、つまり問題解決をしている感覚によく似ています。けれどもある時点を過ぎると、新しい情報は何も生まれず、同じ心配を少し言い換えてくり返しているだけになります。
本当はなくしたい「不確かさ」
慢性的な考えすぎは、メッセージ、決断、誰かの一言といった、具体的なテーマそのものの問題ではないことが多いのです。もともと不確かな状況の中で確かさを得ようとする試みであり、どれだけ考えても完全には得られないものです。
些細なことも、大きなことと同じ扱いになる理由
根っこにあるのが、実際の重要度ではなく不確かさへの居心地の悪さなら、ちょっとした人との関わりにも、大きな決断と同じ強さの分析が向けられます。この仕組みは、重要度で区別してくれないのです。
ループを止めるために、実際に役立つこと
ある事柄について考える時間にあらかじめ区切りを決め、その時間を過ぎて浮かぶ考えは、新しい発見ではなくループのくり返しだと捉えます。いくら考えても来ない「確かな感覚」を考え抜いて得ようとするより、このほうがうまくいきやすいものです。
たまに考えすぎてしまうのは普通のことです。ただ、ほぼ常にそうだったり、睡眠に影響していたり、日常のほとんどの場面に広がっているなら、セラピストに相談する価値があります。認知行動療法のような的を絞ったアプローチが効果を発揮しやすいものです。
仕組みを知るだけで、その場ですぐに静まるわけではありません。今、具体的に何を考えすぎているのかを整理し、新たなループではなく実際の次の一歩を得られるようにすること。それがOLENRIの役割です。 仕組みを見る →