どちらも選べない

どちらの選択肢もしっくりこないとき、どうするか

問題は、優柔不断さではないのかもしれません。本当は望んでいない二つのうちから、選ぼうとしているのです。

どちらの選択肢もしっくりこないとき、つい「もっと良い第三の道」を探し続けたくなります。その探索が意味をもつこともあります。けれど、今は本当に良い選択肢がなく、不完全な二つしかないこともあります。その場合、問いは「どちらが正しいか」から、「どちらのほうが、抱えて生きる負担が小さいか」へと変わります。

本当に第三の選択肢がないか、確かめる

この二つしかないと受け入れる前に、第三の道を本気で探してみましょう。折衷案、先送り、元の二つがカバーしていなかった形などです。見えにくかっただけで、実はあることもあります。ただし、存在しない第三の選択肢を探し続けることが、現実の二つから選ぶのを避ける手段にならないように気をつけてください。

魅力ではなく、負担の大きさで順位をつける

どちらも魅力的でないときは、「どちらが望ましいか」で順位をつけてもうまくいきません。どちらの答えもしっくりこないからです。代わりに負担の大きさで考えてみましょう。どちらの失敗のほうが取り返しがつくか。どちらの後悔のほうが受け止められるか。どちらの道なら、その先の自分を好きでいられそうか。どちらの気持ちも良くないときは、気持ちより負担のほうが比べやすいものです。

つらさの原因が「選択」なのか「現実そのもの」なのか、見極める

難しい決断に感じているものが、実は状況そのものへの悲しみであることもあります。二つの悪い選択肢を前にしているという事実そのものへの悲しみで、二つのあいだの選択についてではない、ということです。「こんな状況になっていること自体が嫌だ」と、「どちらが良いのかわからない」を分けて考えてみてください。本当に決断の問題なのは、後者だけです。

不完全でも決めた選択は、決まらない完璧な選択に勝る

どちらも本当は正解でないとき、どちらかが明らかに正しくなるのを待っても、たいていはうまくいきません。どこかの時点で、負担の小さいほうを選び、その欠点をうまく扱うことにエネルギーを向けるほうが役に立ちます。ここでは手に入らない安心感を探し続けるよりも、そのほうがずっと前に進めます。

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