「考えすぎかも」が、最初の問いとして合わないことが多い理由
この問いは、起きているパターンではなく、あなたの反応に焦点を当ててしまいます。もっと役に立つ問いは、「これは繰り返し起きているだろうか」「つらい話し合いのときだけでなく、そのことについて話したあとはたいてい気持ちが沈んでいないだろうか」というものです。
本当に使えるテスト
具体的な状況を、名前を伏せたまま、できるだけ詳しく親しい友人に話しているところを想像してみてください。その友人に「離れたほうがいいよ」「はっきり伝えたほうがいいよ」と言いたくなるなら、それは大切な情報です。たとえ、今はまだ行動に移せなくても。
有害な関係が、この問いを抱かせてしまう理由
パートナーから小さな否定や軽視を繰り返されると、他の誰かに言われる前に、自分で自分を疑うようになります。だからこそ、この問い自体が関係の中で何度も顔を出すようになるのです。
有害ではないこと(ふつうの摩擦を病的に捉えすぎないために)
意見の食い違いや調子の悪い日、相容れない欲求があっても、誠実に向き合えていればそれだけで有害とは言えません。分かれ目は、本来向き合うべき問題ではなく、あなたの反応のほうが問題にされ続けるパターンがあるかどうかです。
これはパターンに気づくための考え方であり、あなたの関係を診断するものではありません。身の危険を感じるときや、この話をするたびに矛盾の矛先が自分に向けられてしまうときは、セラピストや信頼できる第三者のほうが、渦中にいるあなたより状況を客観的に見られることが多いものです。
漠然とした問いに名前をつけることは、第一歩です。そして、この問いが浮かんだ直近の具体的な場面と、そのあと実際に何が起きたのかに目を向けることが、より難しく、より役に立つ作業です。 OLENRIで、その瞬間を見つめてみる