本物の楽観とは、どう違うのか
本物の楽観は、つらい気持ちの居場所をつくったうえで、それでも前へ進む道を見つけます。トキシック・ポジティビティは、つらい気持ちを飛び越えて、その存在自体を「直すべき問題」とみなし、まず受け止める価値のあるものとして扱いません。
助けになるどころか、会話を閉ざしてしまう言葉
誰かの本当の痛みに対して「全部意味があるんだよ」「ポジティブな空気だけでいこう」と返すと、その気持ち自体が歓迎されていない、というメッセージになってしまいます。その結果、人は気持ちを楽にするどころか、話すこと自体をやめてしまいがちです。
他人からだけでなく、自分に向けてしまうことも
トキシック・ポジティビティは、他人から向けられるものとは限りません。つらい気持ちを抱くこと自体に罪悪感を覚えたり、「ありがたみを忘れている」と感じたりと、自分自身に向ける人も多くいます。そうなると、もともとのつらさの上に、さらにもうひとつ苦しさが重なってしまいます。
代わりに、本当に助けになること
つらい気持ちを、すぐに直したり捉え直したりせず、ありのまま正確に認めること。そのほうが、無理なポジティブさよりも早く落ち着くことが多いものです。明るい表面の下に押し込めるのではなく、気持ちをきちんと消化できるからです。
これは、楽観や感謝を否定する話ではありません。どちらも本当に役立つものです。ここで取り上げているのは、本当の気持ちを丸ごと飛ばさせようとするプレッシャーのこと。それはたいてい、助けになるどころか逆効果になります。
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